3つの会社を経営し、日本のベストベンチャー100にも二年連続受賞。書籍もすでに4冊出版。
早稲田大学に通う現役大学生 原田翔太さん。
大学生でありながら年棒すでに数億円というスーパー早大生を紹介します。
早慶という環境と、早慶に合格できる学力×情熱で、あなたも大学在学中に活躍できるのです。

今大活躍中の翔太さんですが、どんな中高時代をすごされてましたか?
一言でいえば、中学時代は不良生徒でした。
「お前に行ける学校はない!」とまで断言されたくらい。
他の学校の子と喧嘩をしたり、繁華街にたむろして、とにかくろくでもないチンピラみたいな子でした。
転機は中学2年生の冬。
同じ中学校にいた韓国籍の子(少し日本語が不自由でした)があるとき、癇癪を起して傘を振り回していたんです。
それが癪に触って喧嘩。
「あぶねぇだろ!!傘を振り回すんじゃねえ。」
座っていた椅子を手に取りあいての顔面めがけてクラッシュ。
ガッコン!・・・
さらに何発か鉄拳をお見舞いして「ガタガタさわぐなうるせえ。」と一喝。
うずくまるK君・・・
『ん・・・?何かまずい気がする・・・ちょっとやりすぎたかも…』
これがもとでK君は一時的ではありましたが「失明」してしまったんです。
彼のお父さんは激怒。
深夜に「お前を今から殺しに行くぞ!"#)('$)('!)('#$$)#$(#''!」と
韓国語混じりで、めちゃくちゃに怒り狂った恫喝電話が何度もかかってきました。
その時、はじめて自分は自分のやったこと、やってきたことを自覚したんです。
その一連の出来事をすぐに先生に連絡。先生は深夜にも関わらず、市の中で韓国語ができる先生を探しだしてくれて状況説明に動いてくれました。
たくさんの大人たちが自分のしりぬぐいをしてくれた。
その時僕は、自分は物凄く迷惑をかけながら生きているかっこ悪い奴なんだなということに気が付きました。
同時に、周りの人たちによって支えられ、生かされているのだというに気がついたんです。
そこから心機一転。
「お前はどこの学校にも行けない!」と言われた自分は、猛勉強を開始します。
ちなみに、このときは、中学校の勉強の本当に基礎的なことすらもわかりませんでした。
たとえば「be動詞」この基本的な活用の仕方さえ中学3年生の始まりの時点で「全くちんぷんかんぷん」なくらいのレベルで。
スタート時の偏差値は5科目合計で40・・・
絶望的なスタートでしたが、負けん気だけは人一倍強かったので、学校が2時半に終わるとすぐに塾に直行して、夜遅くまで勉強をしていました。
*このときの先生にはすごく、すごく感謝しています。
週5日通っていたのですが、経済的にあまり余裕がなかったこともあり、なんと2日分の月謝で平日フルで授業を受けさせてくれていたのです!・・・
アワワワワ((((;´゚Д゚)))
高校時代はどうでしたか?
学校が東京の三鷹(中央)と深川(下町で東側、海のそばです)とものすごく離れていたので、通学には1時間以上かかりました。
朝は基本的に6時起き。
7時ちょうどの電車に飛び乗って毎朝通っていました。
このときの興味の対象はひたすらに2つ。
音楽と、語学。
この2つだけは徹底的に誰にも負けない自分になりたいと思っていました。
周りの仲間たちはアルバイトにいそしんでいましたが、僕はバイトはしませんでした。
時給750円で自分の1時間を売る・・・
この発想が自分を安売りするようで、嫌だったんです。
確かに社会経験にはなるし、バイト仲間はできる、お金も手に入るから少しいい服を買ったり、CDを買ったりはできる・・・
でも、僕が高校生活で手に入れたいものは「モノ」じゃないし、一時の時間をつぶすなれ合った人との関係性でもありませんでした。
クラスの中でも唯一アルバイトをしていなかったので、清貧を極めた毎日を送っていました。笑
たとえば、友達がジュースを買っているのを横目に、僕の飲み物は「水」。
雑誌を買って読んでいるのに、僕は前週の漫画をゴミ捨て場から拾ってきたものを読んでいました。苦笑
でも、それをコンプレックスに感じたことはありません。
何かを犠牲にした分、何かを得ているという強い確信に突き動かされていたからです。
なので、高校1年生にあがった段階ですぐに英検2級に合格。
そのあとも勉強を重ね英作文コンテストなどで全国入賞したりするなど、ちょうど1年少し前には「be動詞」の活用さえ分からなかった自分とは見違えるような自分がそこにはいました。
それが自信に変わり、高校生活をかけて守りたい自分のプライドに変わっていったような気がします。
翔太さんは19歳で英語翻訳業から事業を始められましたね。
英語を勉強されたきっかけはありますか?また大学に行こうと思われた理由はありますか?
国際化・・・その中でこれから重要になってくるのは「英語」と「コンピューターだ!」というような話がほうぼうでされていて。
だからというわけではないですが、英語の重要性というのを痛感していました。
あとは、同時に、私自身歴史が好きで、特に幕末や戦国など激動の時代に生きた人たちの腹をくくった生き方がかっこいいなぁと思っていたんです。
その中でも尊敬してやまないのが吉田松陰という人です。
松下村塾というのを聞いたことがあると思いますが、そこを起点に現代に日本の礎たる明治政府の立役者たちが何人も輩出されました。
その松下村塾では、当時「海外の文献を相手の言語のまま読む」というアプローチをされているというのを知って、「やはり激動の時代を生き抜くのは、外の国の知恵から積極的に学んでいかなければいかんなぁ。」と思ったんです。
外交や、政治など、歴史的な経緯からも欧米諸国の圧力に屈しながらやっていかなければいけない日本が抱えている理不尽さを自分らの世代でもっと尊厳をもった日本にできないか?というようなある種のアンチテーゼ的モチベーションがきっかけでしたが、当時のまだ魂の蒼い自分を突き動かす大きな心理的原動力だったとは思います。
そんなわけで、僕は英語を極めてやる!と鼻息まいてやっていました。笑
で、大学にいこうという選択肢については、これは入学当初から決めていたことです。
最初は入れればどこでもいいかもくらいに思っていたんですが、(なんせ中学で「お前はどこの高校にも行けない!」と教師に断言されたくらいですから・・・苦笑)
高校の時、師匠に「あのねぇ、大学行くなら早稲田、慶応、上智・・・最低そのレベルに行かなきゃ意味ないよ。悔しいけどこの国で何かやろうと思ったら名もなき大学では何もできません。」と言われて、それがある意味すごくショックで。
でも、世の中の仕組みを考えていくうちに、確かにそうだな。
有名な大学の人たちが仕組みを作って、大半の人たちは彼らが作ったフレームの中で踊らされているんだということが見えてきたんです。 そこから、当時はものすごくものすごく高いハードルだと感じていたんですが、 ハードボイルド思考がかっこいいなと思って早稲田大学を目指すことに決めました。 た。 一番最初は、経営学部か経済学部に行きたいと思っていたんですが、こともあろうか、留学している間に心変りして、「言語学」を志しちゃったんです。
今思えば、それがすべてのはじまりで、ある意味「間違い」だったかもしれない。
でもいずれにせよ、文学部に入らなければ今の自分は「ありえない」とも思います。
なるほど!翔太さんは上智大学文学部に進まれたわけですが
その後に早稲田へ再入学されています。このあたりはどうでしょうか?
なんだかんだ言っても、「高卒」ではこの社会では不便が多い。
ましてや僕のように人に何かを教えることを仕事にしている人は大学を出ていないとなると事実として障害だらけなんです。
それに、僕自身学ぶことが大好きなので、たとえ「卒業」と関係ないところでもなんらかの形で勉強は続けていると思います。
社会に一度出てから、また学校へ戻る。
日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、こういう新しい学びの形を自分から実践していきたいなって。
そうそう、余談なんですがアメリカでは40をすぎて子育てがひと段落したようなお父さんお母さんが、結構大学に学士号を取ったり、マスター(修士号)をとりにいったりするんですよ。
一生学びなので、実は早稲田に再入学したのも自分にとってはごく当たり前の自然な選択肢で、単純にまだまだ学び足りないと感じたからなんですよね。
ちなみに僕は現時点(2009年時点)でまだ大学7年生なんです。
文学部キャンパスに通っていますので、これを読まれていて来年や再来年早稲田の学生になる子がいたら、もしかしたらお会い出来るかもしれませんね!!^^
ぜひそうあってほしいものです^^ その後学生起業されるわけですが、インターネットでの起業の理由などお聞かせください。
前述のとおり、高校生の時に抱いていた「将来の自分」はすでに大学初期での挫折で「たぶん無理」に変わっていました。
自分の欲しかった学歴がない・・・
学校に通い続ける経済的な余裕がない・・・
そもそも文学部という選択が間違っていたような気がする・・・
当時の僕は、自分でも驚くくらい自分自身が作りだした環境や現状に不満だらけでした。
「このままじゃ、僕は自分のやりたいことをできないまま、“普通の大人”になっちゃう・・・」
そう強く危機感を感じたんです。
でも、僕は自分をあきらめたくなかった。
なんとかしてもがいて、自分の人生を自分で切り開きたかった。
そういう想いがあって、がむしゃらに動いていった結果、それが結果的に「起業」という手段に結びついていったのだと思います。
22歳単身で2億売り上げられた一番の成功要因は何でしょうか?
様々な成功要因のなかで、1つでも受験で得たものが生きたものがあったなら、凄く受験生に刺激になるんじゃないかなと思いますm(_ _)m
セルフイメージという言葉聞きなれないかもしれません。
self image・・・つまり、「自分自身のことを、どう認識しているか?」ということです。
ピンとこないかもしれませんが、これは人生を支配するルールの一つだと思っています。
自分のことを「俺は、こんなことには値しない人間だ」と思っていたら大きな仕事や、チャンスが目の前にやってきてもそれに自信を持って飛びつけませんよね?
でも、「俺はきっと大きなことができる人間だ!」と思っていたら、自分自身にやってきたチャンスをちゃんと受け取ることができます。 何か人が驚くような実績を出したり、結果を出している人たちは、総じて全力でそのチャンスが来るまでに準備をしていて、いざ目の前にそのタイミングがきたときに飛び込む勇気を持った人たちです。
だから、もしこれを読んでいる君が、将来大きなことをしたい、何か自分も自分らしい生き方で、世の中に影響を与えていきたいと思うのであれば、
まずやることは一つ。
「できる、おれはできる」
こう自分に言い聞かせることです。
これをNLP(神経言語プラグラミング)では「インカンテーション」という技術なんですが、実際にスポーツなどでも、「できる、できる」と強く信じることで、本当に結果に影響があるそうです。
「やり方」はマネできますが、「頭の中」は絶対にコピーできないもの。
だから僕はやり方やテクニック論以上に、常に「どう考えるか」、「どうありたい自分に近付いていくか」ということにフォーカスして行動を重ねてきました。
それに共感してくれる人たちがいて、力を貸してくれました。
人って、頑張って思い切って旗を振っていると、必ず誰かしら共感してくれて、手を差し伸べてくれる人が現れてくるんですよね。
で、大事なのはそんなとき、自分を支えてくれる一番身近な人たちを絶対に忘れてはいけないということです。
受験でも、ビジネスでも、最小の生活の単位は常に「家族」ですよね。
だから、自分の親御さんや兄弟、もしくは彼氏さん、彼女さんとかね、奥さんとか。
そういう「空気」みたいに当たり前になっちゃっている人たちが如何に本当は自分を支えてくれているか。だれのおかげで今があって、やりたいことをやれているのか。
それを改めて思い返して、感謝の中で生きてほしいなと思います。
身近なひとすら大事にできなくて、自分だけの「成功」をつかもうなんていうのは絶対にないですから。
それで、形だけの成功をしても全然幸せじゃないなんていうと、山ほどいますから。だから是非これを読んでくれている子たちには、そういう風になってほしくないし、本当に愛情深い素敵な大人になってほしいなって思っています。
ありがとうございます。では 今翔太さんのお仕事のミッションについてお教えください^^
コンサルタントというと、なかなか身近にはいないと思うので、ちょっとイメージがしにくいと思いますが、平たく言えば、「大人の先生」です。
学校の先生が高校で生徒に、勉強を教えるようにコンサルタントは大人にビジネスで必要な知識やノウハウを教える。
学生でも、社会人でも、いろんなことに普段悩んでいるですね。
塾では先生がいてくれて、悩みを解決してくれますよね。でも、「問題の解き方」を教えるだけが先生の仕事じゃない。
僕の仕事は大人の人たちの仕事である「ビジネス」において、同じようなことをしているんです。
学生は勉強。
大人は仕事。
僕は社長さんとか、経営者の方たちが直面している問題の解決のお手伝いをしたり、彼らの抱えるビジネス以外の家庭の問題や、生活の問題、人生のあらゆる局面で悩んだり、迷ったりしている人を励まして、応援する。
そんな仕事をしています。
で、仕事のミッションですが、僕の「使命だなー」と思っていることがあります。
それは、「素敵な個性を持っている人たちが、もっと、もっと活躍できる社会にしたい」っていうこと。
みんな才能があるのに、それに気が付けず、もしくは花を開かせることができず いつの間にか「平凡な毎日の繰り返し」の中に生きてしまいます。
これって本当にもったいないことじゃないですか?
だから僕は経営支援のお仕事を通して、社会に才能の種たちをまいていくこと、 そしてその種を大きく咲き誇る花にしていくことが自分の仕事の使命だと思ってやっています。
今後の翔太さんのビジョンについても、ぜひお聞かせください!
人間一人では確かに小さい。
けど、実は誰でも無限の力を持っている。
それを引き出せるかどうかで人生は大きく変わるんです。
自分自身がそうしてきたように、眠っている才能を引き出して、その人らしい輝き方のお手伝いができたらいいなと思っています。
具体的にはセミナー(講演)や書籍執筆、直接お会いする機会を通じて、自分の中に眠る才能を引き出すトレーニングを提供しています。
今は経営者を中心にしたお仕事ですが、本を書いたり、講演をしたりする中で特に大学生や高校生など若い子たちに向けた発信をもっとできたらいいなーなんて思っています。
本当にこれを読んでくれている君みたいな子に、何か僕が手渡せるものがあったらいいなって。もし興味があったら、今勉強をしている君たちとも、直接触れ合える機会があったらいいなと思ったりしています。^^
町の小さな商店から誰もが知る数百億円規模の有名大企業まで、クライアントに持つ
カリスマ早大生、原田翔太さん。
ぜひあなたも早慶合格実践会で実力をつけ、翔太さん
のようにご活躍していただきたいと思っています。
大学入学後を見据えた受験指導が
出来ることも当社の大きな強みです。












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